southboundtrain1961’s blog

本、音楽、美術、映画、料理、外国語等々、感じたこと徒然。

「サイモン・アークの事件簿1・2」エドワード・D・ホック(木村二郎訳。創元推理文庫)

短編ミステリーの第一人者、エドワード・D・ホックが亡くなって15年になる。

ホックは、その作品のほとんどが短編ミステリー(中編を含む)という珍しい作家であり、また数多くのキャラクターを創造したことでも知られる。

私はまず「怪盗ニック」シリーズで完全にはまった。無用の物しか盗まないという人物像、軽い筆致、あっと驚く謎解き。どれもアタマの骨休めに最適であり、温かみのある人物造形に惹かれた。その他サム・ホーソン、レオポルド警部なども読んだが、この「サイモン・アーク」シリーズが今のところ一番のお気に入りだ。

自称二千歳のオカルト探偵、悪魔退治を求め世界中を旅するコプト教の元僧侶、等というキャラクターはともすれば荒唐無稽になってしまうが、「全てを明らかにし過ぎない」ところが良い。語り手であるワトソン役の「わたし」とのコンビは、分かっちゃいるけどやめられない楽しさがある。コプト教なんて初めて知った。

さっぱりしたテンポの良い展開と語り口。30分のテレビシリーズのような結末の達成感。サイモン・アークはホックのデビュー作に当たるが、日本語訳が遅れた。創元推理文庫で第一作が出た2008年に、ホックが急逝。ホックは生前自薦作を選ぶなど、日本語訳な協力していた、という。木村二郎さんのテンポ良い翻訳が素晴らしい。

最も贅沢な気晴らし。ミステリーは本来こういうモノではないか。

 

「最強のナンバー2 坂口征二 」佐々木英俊(イーストプレス。2018年)

こういう本が出ていたのだ。

アントニオ猪木新日本プロレスを支え続けてきた坂口征二の評伝。語られることの少ない名レスラーだけに貴重。作者はファンクラブ代表で、とにかく記録が細かい。

東京オリンピックにはあと一歩で出られず、打倒へーシンクの一番手だった坂口。同じ相手に二度負けたのはへーシンクだけ、とどこかで書いてあった。そして全日本選手権で優勝し、柔道日本一の看板を背負った柔道界の次世代のホープだったのだ。このステイタスは、今の時代には想像出来ないプレッシャーだったのではないか。この前半生の柔道時代の記載は貴重だ。

坂口のプロレス入りはリアルタイムで覚えている。正にスター誕生といった華やかさだったし、とにかくプロレス界を越えた、大きな社会的なニュースだったと記憶している。日本プロレス時代は、アメリカ修行中の期間も長かったし、余り強烈な印象はない。だが、今作では、今まで全くといっていいほど語られなかった、アメリカ修行時代の記載が大変面白かった。ドリー・ファンク・ジュニアのNWA世界王座に三回も挑戦してるなんて、全然知らなかった。アメリカ時代の実績では、むしろアントニオ猪木より上だったのではないか。

1974年の猪木、坂口の合体はプロレスファンの希望の星であり、新しい時代の幕開けという、プロレスファンなら誰しもワクワクする気持ちになったはずだ。第一、やっと猪木の試合がテレビで再び見られるようになったのだ(信じられないだろうが、新日は設立から1年以上、猪木の試合はノーテレビだったのだ)。全てのプロレスファンは、NETテレビを連れてきてくれた坂口に感謝した。この二人の合体がなかったら、その後のプロレス史は全く違ったものになっただろう。

この年から1年間は、猪木はストロング小林戦、大木金太郎戦、ルー・テーズカール・ゴッチとの世界最強タッグ戦、ビル・ロビンソン戦など、奇跡的な名勝負を連続で、一気にトップレスラーに昇りつめた。坂口はその伴走者だった。そして新日2トップとして、猪木との広島での初対決は、タイプの違う二人の持ち味がフルに発揮された名勝負だった。その後、ナンバー2としてのポジションが定着していった。この時期は、猪木サイドからの発信は山ほどあるが、坂口サイドからの見方はほとんどなく貴重だ。記述は正確で、フラットである。

内容はレスラー坂口の評伝が半分で、あとは組織のナンバー2の在り方を示した経営者としてのビジネス本とも読める。ナンバー2に徹する、それも上は猪木なのだ。このポジションは誰も出来ない。坂口にしかつとまらない。それだけ凄い人なのだ。

やや残念なのは、この本の取材当時はアントニオ猪木は元気だっただけに、もう少し猪木本人の証言が欲しかった。

 

「ソングの哲学」ボブ・ディラン(佐藤良明訳。岩波書店)

圧倒的な博識、言葉のイメージを膨らませ、歌の持つ本質をつかみ出して、さらけ出す。

選ばれた66曲は、知ってる曲も知らない曲もあるが、歌をこんな風に考えたことはない。また、歌の中から、これ程多くの感情、意味、歴史、情報等々を引き出せるのは、ディランしかいない。

一体ディランは、どれだけたくさんの歌を知ってるのだろう。そして、どれほど真剣に歌と向き合ってきたのだろうか。

ティーブン・フォスターからエルヴィス・コステロまで、選ばれた歌は、一見何の脈拍もなさそうだが、基本的にアメリカの古くからある伝統的な音楽から、注意深く選ばれていると思う。歌手もそうだ。

ディランの洞察力は、歌の底にある人間の存在そのものを炙り出し、さらけ出す。

英語のsongに対応する言葉は、

歌、詩、唄、詞、日本語でもこれだけある。

それに、ストレートに「ソング」と当てはめた訳者は、誠実だと思う。

題名に偽りなし。哲学書、稀代の名著です。